1.アレバ社の技術者によって既に指摘されていた建屋内へのドライベント(4月1日時点)
BELTIXが独自に入手した資料によれば、既に2011年4月1日の時点で、福島第一原子力発電所の事故対策支援のためにフランスから来日していた、フランスのアレバ社(世界最大規模の原子力企業で、現在、汚染水処理システムの設置を東京電力から受託して作業中)の技術者である、Matthias Braun氏は、「The Fukushima Daiichi Incident」(福島第一事故)というレポートの中で、建屋内のドライベントが行なわれたことを指摘している。(このレポートは、アレバ社が米国で行なった、招待者のみが参加できる限定的な報告会で配布された資料である。)
「The Fukushima Daiichi Incident by Matthias Braun @AREVA.com」から抜粋
しかしながら、このレポートが公表されてから2ヶ月以上も経過した6月3日、現代ビジネスオンライン「経済の死角」で、「隠されていた決定的ミス 東電はベントの方法を間違った!」 - MIT(マサチューセッツ工科大学)とアレバ社が指摘 - というセンセーショナルな記事が登場した。
報告されている内容は、実際の記事をお読みいただきたいが、記事中でこのレポートの存在を知らされた田中三彦氏は、「水素爆発がオペレーションフロアで起きたことは判明していますが、この資料には<ベントした放射性物質を含んだ水蒸気をオペレーションフロアに向けて吐き出した>とあります。東電は、水蒸気をフィルターにかけて煙突から外に出した旨の説明をしていたはず。」とコメントしている。田中三彦氏はさらに続けて「私も驚いて、間接的に東電に確認してもらうと、『何かの間違いです』との回答でした。しかし、原子力の専門家集団であるアレバが、間違いなくそう書いている。資料の通り、3月12日午後2時半に建屋内でベントを行い、3時36分に爆発したとすると、辻褄は合うんです」と語っている。
これはいったい、何を意味しているのだろうか?
2.東電が発表した「設計の不備による排気水素の逆流」という苦しい言い訳
先の「経済の死角」が発表されてから、ほぼ寸刻をおかずに、東電からこのような発表が行なわれたらしい。「1号機爆発、排気水素の逆流原因か 東電『設計に不備』」(2011年6月4日3時2分 asahi.com)という記事によれば、「格納容器の損傷を防ぐ目的で行なわれたベント(排気)で建屋外に出したはずの水素ガスが、別の排気管を通じて建屋内に逆流したことから起きた疑いが強いことが分かった」のだという。より詳しくは当該記事をお読みいただきたいが、よくもまあ、事故後3ヶ月近くも経ってから、また、アレバ社の技術者のレポートで指摘されてからも2ヶ月以上経過した時点で、このようなとぼけた説明を思いつくものだと感心させられる。新しい事実(本来は新しくも何ともないが、彼らにとっては幸いにして国民の耳に届いていなかった情報だ)が発覚すると、次々に驚くべき言い訳を考え出してくる。これはもはや、東京電力の社風、独特のカルチャーと呼ぶにふさわしい。我々国民と彼らの文化は根本的に異なっているに違いない。文明の衝突、といってもいい。
ともあれ、原子炉の「設計に不備」があったという重大な事実を認めることは、原子力発電事業者としては決定的な欠陥となる。今さらながら、アレバ社のレポートや、たかが雑誌マスコミのゆさぶりに負けて、電子力発電事業者としての資質が疑われ、また、国の原子力政策にも影響を与えかねない重大な事実をなぜ公表したのか??
簡単に言えば、ただの「嘘」としか思えない。失礼ながら、もう沢山の嘘と言い訳に付き合わされてきた我々としては、何事も鵜呑みにすることはできなくなっている。それではなぜ、こんな「嘘」をつかねばならないのか。
あえて言おう。東京電力は、自社の技術的な欠陥を認める(フリをする)ことで、もっと大きな事実を隠そうとしているからだ。この発表によって、マスコミやフリージャーナリスト、あるいはBELTIXなどのブロガーの攻撃を甘んじて受けるというリスクを冒さなければならないという理由は、政府と東京電力があえて、恣意的に建屋内へのベントを行なったからにほかならない。あくまでも憶測であるが、許しがたい「嘘」に対して対抗するにはこうした方法しか思いつかない。
3.放射性物質の広域拡散を恐れ、あえて建屋内にベントしたのではないか?
結論から先に申し述べる。福島第一原子力発電所の第1号機および第3号機の水素爆発は、政府および東京電力の判断ミスによる重大な過失事故である。要点は、ドライベントに伴う放射性物質の広域拡散を恐れた政府および東京電力が、通常であれば排気筒を通じて行なうベント作業を、あえて、排気筒からではなく、原子炉建屋内(オペレーションフロア)に放出し、結果的に、建屋上部が吹き飛ぶ水素爆発を誘発した。このことは次のような背景と課題で説明できる:
(1)背景となった原子炉の事象
◆全電源喪失によって冷却不能に陥った1、2、3、号機の炉心が溶融
◆冷却水から露出した燃料棒過熱によって圧力容器の温度・圧力が急激に上昇
◆同時に燃料棒損傷によって圧力容器内に大量の水素が発生
◆緊急にドライベントを行なって圧力容器の破壊を防ぐ必要性
(2)ドライベントを行なう上での課題と懸念
◆ドライベントを行なうことは大量の放射性物質を広域に拡散させる恐れがある
◆近隣住民の直接被ばくを最小限に抑えなければならない
◆ベントを決定する時点ではまだ10kmの避難指示エリアからの避難が終わっていない
◆しかしながら、圧力容器の爆発的な破壊は防がなければならない
つまり、ドライベントによって圧力容器の爆発的な破壊を防がなければ、まさしくチェルノブイリ級の放射能汚染という、国際社会の非難を浴びるに違いない、最悪の原子力事故へと発展する。しかしながら、避難が終わっていない近隣住民の直接被ばくは最小限に抑えるとともに、大気中への放射性物質の拡散も可能な限りその範囲を小さく留めたい。この2つの相反する課題を解決するには、どうすれば良いのか?
そして、政府と東京電力が選択した「最善」の処置が、原子炉建屋内へのドライベントという「画期的かつ無謀な」手段である。政府と東京電力のどちらがこのアイデアを思いつき、あるいは決定したのかは、無論のこと、明らかではなく、恐らく、これからも明らかになることはないだろう。いずれにせよ、直接大気中へドライベントするのではなく、建屋内へ放出すれば、建屋内には恐るべき量の放射性物質が充満することは目に見えている。しかしながら一方で、大気への拡散量と拡散スピードは(有為に)減少させることができ、近隣住民の被害を少なくすることができる。建屋内に充満している放射性物質は、後に換気装置を働かせることにより、(出来る限り低濃度の状態で)徐々に大気中へ放散させようという思惑であったに違いない。さて問題は、この時点で、政府・東京電力がどこまで建屋内の水素爆発の危険性(蓋然性)を予測していたかである。理論的には水素爆発の可能性があることは充分認識されていたに違いないが、圧力容器または格納容器そのものが水素爆発を引き起こすリスクに比べれば、その蓋然性はかなり低いと見込んでいたに違いない。政府・東京電力が仮にこのような無謀な判断をせずに、通常の事故対応手順に基づいて大気中へ直接ドライベントしておけば、現在のような悲惨な事態に陥ることは避け得たのではないか。仮にこの憶測が正しいとすれば、まさしくこれは、人為的な災害というべきで、建屋内の水素爆発の蓋然性が高いと認識した上での行為であれば、「未必の故意」として、あるいはその危険性を見抜くことなく行なったとしても重大な「過失」として、その責任が問われなければならないだろう。
<参考:1号機・3号機のドライベント前後の時系列メモ>
3月11日 20:50 福島県対策本部が半径2kmの住人に避難命令
3月11日 21:23 半径3kmの住民への避難指示 半径10kmの屋内退避
3月12日 03:05 海江田大臣/寺坂保安院長/東電小森常務記者会見で1号機に対してベント作業実行を発表(まだ政府からベント指示はでていない)
3月12日 03:12 枝野記者会見でベント指示と発言 (法的命令のニュアンスではない)
3月12日 05:44 菅総理から10km圏内住民への避難指示
3月12日 06:08 菅総理 陸自ヘリで官邸を出発
3月12日 06:50 海江田大臣が、福島第一原子力発電所第1号機及び第2号機の原子炉格納容器内の圧力を抑制することを命じた。
3月12日 07:11 菅総理福島第一到着
3月12日 07:23 東電武藤副社長による説明・池田副大臣同席
3月12日 08:04 菅総理陸自ヘリで、同原発出発
3月12日 08:30 東電がベント実施を政府に通報
3月12日 09:04 ベント作業着手 (東京新聞 3/28)
3月12日 14:20 1号機ベント実施
3月12日 15:36 水蒸気爆発
3月12日 15:45 この段階でまだ避難は完了していない
3月12日 20:41 3号機ベント実施
3月13日 09:20 3号機ベント実施
3月14日 05:20 3号機ベント実施
3月14日 07:44 3号機水素爆発
(注:様々な資料に基づいていますが、必ずしも正確ではないところもあるかと思います)