2011年5月7日土曜日

「Beer & Wine」:抗酸化物質が 放射線防護と被ばく治療に効果を発揮する


1.放射線防護効果が確認された「ビール成分」

(1)放射線による生じる染色体異常を最大で34%減少させる効果

2005年8月に放射線医学総合研究所から発表されている資料によれば)放射線医学総合研究所粒子線治療生物研究グループは、東京理科大学薬学部放射線生命科学の研究チームと共同で、「ビール成分」が放射線を防護する効果があることをヒトの血液細胞やマウスを用いた実験で明らかにした。アルコール飲料に放射線を防護する効果があることはすでに同研究グループによって報告されていたが、「ビール」に溶けこんでいる麦芽の甘味成分などに放射線により生じる染色体異常を最大で34%も減少させる効果があることがつきとめられた。同研究グループは、広島・長崎の原爆やチェルノブイリ原発事故被害者の中に、アルコール飲料で放射線障害が低減されたという話がある事をきっかけにして研究を展開。「ビール」を使った実験で「ビール」そのものに放射線防護効果があることを明らかにしてきたが、「ビール」の中の何に放射線防護効果があるかは、未解明のままであった。今回、「ビール」」中のアルコール分(エタノール)に加え、「ビール」に溶けこんでいる成分にも放射線防護効果があることをつきとめ、放射線被ばくの前に「ビール」を飲むと、放射線による障害から防護されることを示した。今後、同研究グループは、さらに放射線防護成分の探査を行うとともに放射線を浴びた後の防護効果の確認、血液以外の臓器細胞に対する効果、作用のメカニズムの解明などに研究を発展させていく、と報告されている。

(2)「ビール」の放射線防護効果の確認実験

同研究グループは、エタノール、メタノール、グリセロールなどのアルコール類に放射線防護効果があることが以前から知られていることや、飲酒により放射線障害が軽減されたなどの体験談から、アルコール飲料の放射線防護効果に着目した。数多くあるアルコール飲料の中でも「ビール」を選択したのは、入手し易く、アルコール濃度がそれほど高くない(比較的飲みやすい)などの理由による。2001年には、「ビール」を摂取したヒ トの血液細胞を採取し、放射線を照射してダメージを調べる方法で「ビール」による放射線防護効果を確認した。だが、「ビール」中のどの成分が放射線防護効果をもた らすのかは、調べ切れていなかった。今回放射線防護効果を確認した成分等は、いずれも「ビール」に極めて微量含まれている成分だが、これらが相加もしくは相乗的に作用していることが推察できる。

【研究手法と成果】

「ビール」摂取前と「ビール」大瓶1本を摂取後3時間後に採取した血液(血中エタノール濃度は約10ミリモル濃度)にX線または重粒子線(炭素イオン : 放医研HIMACでがん治療に利用されている)を1グレイから6グレイまで照射し、摂取前後での血液細胞の染色体(ヒトリンパ球染色体)異常を比較した(次ページ図1参照)。その結果、「ビール」の放射線防護効果は、X線ばかりか重粒子線(炭素イオン)にもあることが確認でき、これは、マウスの骨髄死を調べる実験でも同様であった。同じく次ページの図2では、「ビール」の効果がエタノール単独の効果よりも高いこと、ノンアルコールの「ビール」では放射線の防護効果が認められないことが示されており、「ビール」中のアルコールは「ビール」成分の吸収に寄与していることが示唆された。

図1: 放射線により生じた血液細胞一個あたりの染色体異常の数
(飲酒後の染色体異常の数は、飲酒前のそれより明らかに少ない)

図2.:「ビール」などの放射線防護効果比較
 (ノンアルコールでは効果が認められず、エタノール単独よりも、
「ビール」のほうが放射線防護効果が高い)

【「シュードウリジン」など「ビール成分」の放射線防護効果の実験】

    先の実験の結果、「ビール成分」に放射線防護作用を示す物質が含まれていることが予測された。このことを実験的に確かめるため、ビールの微量成分である「シュードウリジン」(pseudouridine)、「メラトニン」(melatonin)、「グリシンベタイン」(glycinebetaine)をそれぞれヒトの血液に添加したり、あるいはマウスに投与(経口投与、腹腔 投与など)して放射線防護効果を調べた。具体的にはX線もしくはセシウム137が発するガンマ線のような低LET放射線と LET50keV / μm(キロ電子ボルト/マイクロメートル)の重粒子線(炭素イオン)を用い、照射量を変化させた時の染色体の異常、マウスの生存率(照射後30日の生存確 率を調べる)などを測定した。その結果、「ビール」に約5μg / mL含有する「シュードウリジン」をヒトの血液に添加した実験では、4グレイのX線照射後のヒトのリンパ球細胞の染色体異常が無添加のコントロールに比べ34%、4グレイの重粒子線(炭素イオン)の場合には、32%減少した。(図3参照)

図3.:シュードウリジン添加ヒトリンパ細胞に放射線を照射した染色体異常の数
(無添加に比べ、染色体異常の減少が明らか)

同じく、「ビール」にごく微量含有するすることが知られている「メラトニン」では、マウスを使った実験からガンマ線照射の場合14グレイから21グレイで防護効果があったが、重粒子線(炭素イオン)では全く効果がないことが認められた。さらに、「ビール」に約80μg / mL含有する「グリシンベタイン」をヒトの血液に添加した実験では、4グレイのガンマ線照射後のヒトのリンパ球細胞の染色体異常が無添加のコントロールに比べ約30%(最大37%)、4グレイの重粒子線(炭素イオン)の場合には、17%減少した。これら一連の実験で、「ビール成分」には放射線防護効果があることが明らかとなった。今後は、この防護メカニズムを明らかにしていくことや血液細胞以外の他の臓器細胞での放射線防護効果の確認、さらに他の「ビール成分」での防護効果を探査していくこととしている。こうした防護効果確認実験では、被ばく前に「ビー ル」を飲むと防護効果は高まるという結論を得た。しかしながら、被ばく後に防護効果があるのかは、いぜん未解明のままであり、さらに「ビール成分」が放射線防護効果を持つメカニズムの解明が待たれている。

    (注1)「シュードウリジン」(β-pseudouridine):N-methyl-N'-nitro-N-nitrosoguanidine (MNNG)により誘発されるサルモネラの変異がビール添加により抑制され、その効果は「ビール」中の「シュードウリジン」によることが2002年岡山大学の吉川友規氏らによって確認された(MNNGはDNAをアルキル化することによりDNA切断を起こし、染色体異常を引き起こす物質である)。「シュードウリジン」は、「ビール」に約5μg / mL含まれているが、製品によって含有量は異なっている。
    (注2)「シーベルト」と「グレイ」:物質が放射線に照射されたとき、物質の吸収線量を示す単位がグレイ(記号Gy。定義J/kg)である。生体(人体)が放射線を受けた場合の影響は、受けた放射線の種類(アルファ線、ガンマ線など)によって異なるので、吸収線量値(グレイ)に放射線の種類ごとに定められた放射線荷重係数(WR)を乗じて線量当量(シーベルト:Sv)を算出する。Sv=放射線荷重係数(WR)×Gy(放射線荷重係数WRは、放射線種によって値が異なり、X線・ガンマ線・ベータ線ではWR=1、陽子線ではWR=5、アルファ線ではWR=20、中性子線ではエネルギーによりWRR=5 - 20の値をとる。

2.「ワイン」に含まれる抗酸化物質も放射線被ばく治療に効果

(1)「抗老化」(アンチエイジング)とともに「抗放射線」効果も認められる

 米国の科学誌(Science Daily)によれば、「ワイン」に豊富に含まれる「レスベラトロール」などの抗酸化物質は、これまで「抗老化」(アンチエイジング)作用で脚光を浴びてきたが、様々な研究から、これら植物由来の抗酸化物質には生体を放射線から守る放射線防護効果があることが明らかになってきた、と伝えている。この記事で言及されている、ピッツバーグ大学医学部放射線治療科の教授であり科長である腫瘍学者Joel Greenberger博士らの研究は、ピッツバーグ放射線対策医療セ ンター(Pitt's Center for Medical Countermeasures Against Radiation)の監修のもとで行われたものである。このセンターは放射線を防御、または緩和する成分を発見・開発し、大規模な原子力災害が発生した場合にそれを供給するために設立されている。Greenberger博士は 「放射線漏れや放射性テロ対策のためにも、放射線を防ぐ成分の研究が必要である。簡単に保管、輸送、管理ができるものが理想的であるが、今のところ『レスベラトロール』がこれらの条件をよく満たした成分と考えられる」と述べており、「現在のところ残念ながら、市場には放射線被ばくに対して防御効果のある薬は存在していない。我々研究チームの目標は、一般の人々に効果的で副作用のない治療を提供することである」、と続けている。Greenberger博士らが行なったマウス実験によると、抗酸化物質の「レスベラトロール」をアセチルによって変化させたとき、被ばくによる被害を一部で抑制することができたという。この研究の結果はボストンで行われた第50回米国放射線腫瘍学会において、「アセチル化レスベラトロール:新しい放射線防御分子」という標題で論文発表されている。「レスベラトロール」がターゲットとするのは、ミトコンドリアの制御を担当する遺伝子である。ミトコンドリアは細胞の発電機のようなもので、身体に化学エネルギーを供給する。この過程で、DNAにダメージを与える「遊離基」(フリーラジカル)が生成されるのだが、「レスベラトロール」によってミトコンドリアを制御することにより、「抗老化」作用や放射線への防御性も高まると考えられている。

(2)抗酸化物質の効果は航空機のパイロットを対象とした実験結果でも確認

米国クリニカルニュートリション学会誌( American Journal of Clinical Nutrition)に発表された、Kristie Leong医学博士らの論文「High dietary antioxidant intakes are associated with decreased chromosome translocation frequency in airline pilots」(航空機パイロットにおける遺伝子転移頻度と高濃度抗酸化物資の摂取との関係)によれば、抗酸化物質が細胞を放射線被ばくから守る作用があると示唆されている。この論文のもととなった実験は、放射線の影響を頻繁に受けている(放射線の強度は高度が上 がるほど強くなる)航空機のパイロットを対象に行われなものである。まず、82人のパイロットの食生活を調査し、βカロテンなどのカロテノイド、ビタミンC、Eなどの抗酸化物質の摂取量を調べた。すると、抗酸化物質を多く摂取しているパイロットほど、DNAの損傷が少なかったという結果が認められたという。

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